洗礼者聖ヨハネ レオナルド・ダ・ヴィンチ

イタリアを代表する天才レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作でもある本作品は、一度は目にしたことがあるという方は非常い多いかと思います。

 

キャンバスには、暗闇の中で怪しくも優しい表情で微笑み、こちらを見つめる青年が1人。現代風に言えば、「イケメン」ですが、その中性的なその容姿に男性か女性か判別すら付かない、という方もいらっしゃるでしょう。実際にこの作品について詳しいことはあまり判っていないようですが、モデルはダ・ヴィンチの弟子であるサライという説が有力だそうです。

 

 

 

私は初めてこの作品を見て、一目惚れをしました。今でもずっと、叶わない片思いをしているような気持ちです。

 

暗闇から、ぼうっと現れ右手の人差し指を意味ありげに突き出す青年のその姿が目に焼き付いて、忘れられないのです。またこのポーズは宗教象徴学的には意味があり、天を指し「キリストの到来」を知らせているんだそうです。これを知らなければ、単なる気取った青年にしか見えませんよね。

 

 

 
ダ・ヴィンチの代表作で最も有名なのは、間違いなくモナリザでしょう。その絵を見て女性であるという先入観から、性別を疑う事も事もありませんでしたが、よくよく見てみると男性のようにも見えます。

 

これは、ダ・ヴィンチが同性愛者であり、わざと中性的に描いた何かしらの意図があったと思います。洗礼者聖ヨハネに対しても同様に、見る人にとって受け取り方が違ってくると思いますが彼の描いた中性的な人物画の中でも、私は本作品は取り分け美しいと感じます。

後から知ったのですが、この洗礼者聖ヨハネはダ・ヴィンチの弟子であるヨハネとはまた別人で、一般的には彼の最期は斬首刑により亡くなったと伝えられています。

 

 

ちなみに使徒ヨハネは、最後の晩餐でキリストの左隣にいる人物です(ヨハネではなく、マグダラのマリアではないかという説もありますが)。どうしてこんなにも美しく、イエスに洗礼を施したヨハネがそんな悲惨な最期を迎えなければならなかったのか。それを知ってからはこの作品が一層愛おしく、またヨハネに対する同情心が沸き起こってきました。

人が殺される事を娯楽の一種として見ていた当時の人々は、美少年が目の前で殺されるのをやはり喜んで傍観していたのだろうか…と考えると、余計に胸が痛みます。

 

 

 
洗礼者聖ヨハネは、キリスト教の宗教画においてよく好んで描かれています。クラーナハは斬首された洗礼者ヨハネの首を持つサロメを描いた、見る人にとってはグロテスクと感じる作品を残しています。他にも多くの偉人たちが洗礼者ヨハネを題材とした作品を残していますが、最も美しく、聖なるオーラを放っているというのに相応しいのが当作品です。